僕はファミレスの店長を経て、今はあのころ副業でやっていたアフィリエイトだけで生計を立てている。
まさか、こんな未来を生きているとは想像もしていなかった。
店長の時は、限界の限界の限界を超えながら頑張っていた。
とにかくインフルエンザとか、なぜか1人欠員でると引き寄せられるように他の人も欠員になる現象とかが
よく起こるんですよ。
で朝早くから次の日の朝日が出るまで働くことはよくありました。
もちろん自分の失敗もあります。
最大の失敗だったのは、ナイトの人を3歳の子持ちの主婦にしたことだった。
その頃は子供が大変とか分からなかったから普通にその人の要望通り深夜帯に配置したけど
必ずのように月に2回くらいあるんだ…。
「子供が熱で…」「子供が怪我して…」
本人も月に数回ならOKと思ってお願いしたのだろう。
僕はそういうのは家族内でどうにかなると思っていたのだが、そうではないのが今の世の中なのだ。
皆、家庭に事情を抱えているからこそそういうアルバイトに行くわけで。
また、もっと人を増やせばいいじゃないか、と第3者は思うかもしれないが
会社の目標とする生産性のランクがあったのと、
僕の店は特種である事情から、部長に「あまり人は雇わないように」と言われていた。
僕がそこに配置されたのは「マラソン経験がある、体力のある根性マン」だからだったのだ…。
そんなこんなで僕は正直そのころ、段々被害者意識が強くなっていった。
「これだけ犠牲になっているのに、何も帰ってこない」
ある程度の数字を出したりして頑張ったのだが、
それだけ働いていればそりゃおかしくなる。
シフトをやむなく代わってあげたのに、1度でもお礼を忘れられたらはち切れそうになるほどの精神状態だった。
でも、僕の良かったところは、今でも本当に強く思っているのだけど、たったひとつだけあった。
それは、本当に今でも大切な「思考」だ。
「この状況を招いたのは僕だ」
「この状況の1番の責任は僕だ」
ということ。
本当には人のせいにしない思考の癖だけはあった。
(といっても他のマインドはまだまだビジネスする人としては低かったと今でも思う)
そこだけが救いだったと今では思う。
だから僕はずっとあがいていた。
「自分が満足する状況とは何か」
「どういう働き方をするのが僕の理想か」
それで、気づいたら18時間働いた後にホームページ作ったりしていた。
ホームページビルダー使っていろいろ作ったなあ。
今でも1つのサイトだけは残っている。(月に200円くらいしか稼がないサイト(爆)
あれから7年…くらい
今、朝、2歳の娘が起こしに来てくれる。
僕は自分の口の臭さが娘にかからないように角度だけ気をつけながら
娘を抱きしめて「おはよう」を言い、窓の外を一緒に見る。
とっても幸せだ。ちょっと重いけど、いつもこの時間が僕は大好きだ。
嫁はちょっとヒステリーだけど、ご飯や家事を頑張ってくれているので感謝している。
朝は少し家事や育児を手伝ってからスタバに行って仕事をする。
(家の中だと娘に邪魔される)
昼にご飯を食べに帰る。
1時間くらいゆっくりして、またスタバに行く。
17時までに帰ってきて、子どもたちを風呂に入れる。
そこから20時までは家族の時間だ。
(調子良ければ16時から運動をする)
子どもたちが寝るまでご飯食べたり、歯を磨いたり、本を読んだり
僕が作っている家族のアルバムを見たりする。
みんなが寝た後は、ドラマを見たり、また仕事をしたりする。
そんな生活。
同僚がいないので、時々学生時代の友達と飲むくらいなのがちょっと寂しいか。
でも、本当にゆとりのある生活をしている。
何もしない日でも、最低でも1万円は報酬が発生している。
やっと普通の暮らしが出来ている。
自分が手に入れた自由を今堪能している。
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